土地の越境交渉経験から得た教訓と予防策としての提言。
土地の境界線をめぐる紛争は、不動産取引の中でも群を抜いており、日本中のいたるところで越境問題に頭を悩ませている人がいます。『土地の境界線付近に隣地の越境物。トラブル解決のための実践対応』
不動産実務の現場で、数多くの越境交渉を通じて得られた教訓を踏まえて、私が提言したいことは、ズバリ、“不動産を売ると決めたら、まずは土地の境界測量に着手”することです。
『売れる前に支出が出るのは嫌だ。買い手がついてから測量する』
もしも、あなたがこのようなお考えなら、この先は読み進めなくていいでしょう。
・後手に回った越境交渉が、いかにたいへんな苦労を伴なうものか。
・先手を打っておけば、トラブルに発展させずに済んだ。
このように同じ感想や経験をお持ちの方も多いことでしょう。今日は、私自身が経験した過去の失敗談をご紹介しつつ、予防策としての“売却活動前の土地測量の着手”について提言したいと思います。
1.土地の測量の種類について
まず最初に土地の測量方法についてのお話。土地の測量には以下の2種類の方式があります。
1-1確定測量
確定測量とは全ての隣地所有者の立会いを得て境界確定されたもので、官有地に接する場合は、官民査定手続きを経たものを言います。測量の成果によって登記簿の地積更正が可能な効力を持ち、地積測量図が書き換えられるレベルの測量です。
売買対象地と官有地を含むすべての隣接する土地の境界について、所有者立会いのもと測量図に署名捺印します。印鑑証明を添付してもらうことから、押印は実印でなければなりません。
誰かの土地面積(地積)が増えれば、誰かの土地面積(地積)が減る可能性もあるので、当事者全員から印鑑証明提出の上、署名捺印をもらうことは現実的には相当ハードルが高く困難な作業といえます。
1-2現況測量
いわゆる、一般的に実測と呼ばれるもので、通常の不動産取引で行なわれる土地の測量がこれにあたります。先述の確定測量に比べると地積更正までの効力がないので、境界を確定させるのではなく、『境界を明示するための測量』と解釈した方がわかりやすいでしょう。
では、この測量は売主または買主のどちらがやらなければならないことなのでしょうか。
2.売主の境界明示義務
不動産の売買契約書を見ると、契約約款(条文)の中に『売主は、買主に本物件引渡しのときまでに、隣地との境界を現地において明示する』と記載されています。
買い手が「私が購入しようとする土地は、どこからどこまでの範囲ですか?」と尋ねられたら、「ここからここまでです」とキッパリ答えられないといけません。「だいたいこの辺かな?」で納得する買い手はおりません。土地の境界明示義務は売主にあるわけです。
3.私が過去に経験した失敗例
私が実際に経験した失敗例を基に、そこから得た経験や感想などを紹介します。
3-1 実測面積が登記簿面積より過度に少なかった例
平成17年の不動産登記法改正により、現在では土地を分筆する際に全地求積と残地求積は同時に行なわれていますが、改正前は残地の求積は義務付けられておりませんでした。
私が経験した取引では、過去に幾度か分筆が行なわれていた土地の残地が売買対象だったのですが、売買契約締結後に現況測量を実施したところ当該土地の面積が登記簿と著しく少ないものでした。
売主は法人でしたが決算前に支出を避けたいとの申し出があったため、売主の意向を汲み、買主と売買契約を締結した後に測量を実施したわけですが、誤差の次元では済まない数量(地積)の乖離に狼狽させられました。買主にも平謝りです。結局、正確な土地の地積が記載された契約書を作成し地積に応じた土地価格を計算し直し、契約金額の減額という形で仕切り直しました。
3-2-1 隣接地の家屋の屋根(庇)の一部が空中で越境していた例
私が地元ハウスビルダーの営業職だった頃の話。
建築条件付で購入した土地に新築の注文住宅を建て、いよいよ工事が完成したので、建築行政課の完了検査を受けた際に、隣家の屋根の一部が空中越境していると指摘が入り検査の合格は持ち越しになりました。目視では気付かなかったのですが、トランシット(測量機械)を用いてわずか数センチの空中越境を発見したようです。
完了検査とは、建築確認申請した内容どおり建物が建設されたかどうかを検査するものですが、この完了検査に合格しない場合は、金融機関は住宅ローン融資資金を交付しませんので何が何でも完了検査に合格する必要があるわけです。
工事担当者より完了検査に合格しなかったと報告を受け、早速越境の交渉にあたったことを覚えています。私が勤めていた建設会社が土地の売主だったことや、建設業が本業なので速やかに工事の手配ができたこと、そして隣地建物所有者の方が寛容だったことに助けられ事なきを得ましたが、当時は建築主にも不安な気持ちにさせてしまい、迷惑をかけてしまいました。
3-2-3 隣接地のブロック塀の一部が越境していた例
土地の売買において、当社が客付けしたケースです。
土地の売買契約締結後に現況測量を実施したところ、隣地ブロック塀の一部が越境している事実が判明しました
元付業者の営業さんが新人だったこともあり、越境交渉に帯同しましたが、越境している側が「越境に関する協定書(覚書)」への調印を頑なに拒絶し、交渉は暗礁に乗り上げてしまいました。あきらめずに粘り強く交渉しようと考えていた折、ちょうど4回目に訪問したときだったと思います。現地を見てびっくり、なんとブロック塀の越境が解消されておりました。隣地所有者の方が、自身でブロック塀の一部を取り壊していたのです。
買主からは「覚書を交わしてもらえれば現状のままでいいよ」と言ってもらっていたので、覚書の締結を前提にソフトな交渉を進めていましたが、相手からすると『覚書を交わしたところで、いつか解消しなければならないのなら、今のうちに解消してしまおう』というご判断だったようです。
4.売出し前に、土地の境界測量を実施して良かった例
観光名所で有名な五稜郭公園に程近い、函館市内中心部の広い土地の一部を分割(分筆)して売却した事例です。
これまでの自身の猛省した失敗談とそこから学んだ教訓を売主に話したところ、売却前の現況測量着手に理解を示していただきました。そして、測量会社からの報告により売買対象となる土地に隣接する3区画それぞれのコンクリート塀の一部が越境していることが判明。さすがに、3人の所有者と越境交渉しなければならないのかと思うとゾッとしましたが、お会いしてお話してみると皆さんが品位の良い方ばかり。当初は、越境部分の土地購入を勧めましたが、三者からの回答は「この際にコンクリート擁壁を建て直します」とのこと。これまで数多くの越境交渉を経験してきましたが、これほどまでに快く対応してもらったのは初めての経験でした。
越境問題がクリアしてから売却する流れだったので、自分にも精神的な余裕があったのでしょう。それが交渉において最良の結果をもたらしてくれたのかもしれません。
何事にも“心のゆとり”は大切ですね。
5.そもそも交渉にあたるに際して
隣地所有者に対して、「多分、越境しているような気がする」と話したところで、「あんたの思い過ごしよ」なんていわれるのが関の山。きちんと結果を持って、交渉にあたらないと聞く耳なんか持ってくれないのは当たり前なので、測量の成果が必要になります。
6.測量は買い手がついてからでいいという業者もいるけれど
不動産売買契約の締結直前、あるいは締結直後に初めて知らされる買い手の心情を考慮すれば、物件の瑕疵にかかわるマイナス情報を後から聞かされて気分が良い人はいないはず。にもかかわらず、「測量は買い手がついてからでいいですよ」という営業マンを見かけますが、交渉スタンスは「困りごとがあって相談しても、話し合いではなく押し切る」傾向があるので、オーナーに迎合するタイプの人には気をつけたほうがいいです。
7.不動産売却活動前の土地境界測量こそが、紛争予防の有効策!
・事前に土地境界測量を実施するのは紛争予防の有効策。早期発見早期対応が鉄則です。
・買い手がついてから、隣接地所有者と連絡がつかない。代金決済・引渡しまでに間に合うのか?売主に境界明示義務がある以上、宅建業者のせいにばかりしていられません。
・瑕疵のない状態で不動産を売却することは売主の責務(義務)です。
・交渉事は後手を踏むと不利。早めに瑕疵(隠れた欠陥)を発見し、対応しましょう。
安心安全な不動産取引を実現するために、そして円満にハッピーな気持ちでのぞめるよう不動産取引に携わる当事者や関係者の共通意識として心得ておきたいものです。一日も早く越境問題が解消されるよう願っております。

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